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2007年3月の記事

2007年3月28日 (水)

エレキギター②

手に入れたギターが、FenderではなくFounderというまったく別物だったことに気づき、ガッカリした僕。19,800円は妥当な値段、いや、使用している木材もベニヤ板のようなとんだ代物で、世の中そんな甘い話はないと、落ち込んでしまいました。

ハリー・ギターのロゴはセロテープで簡単にはがれ、そこにFenderのロゴシールを貼って見た目を誤魔化すという裏技もあるのですが、Founderのロゴは頑丈で、彫刻刀で削ったりもしたのですが、なかなかその主張を曲げてくれません。タフな「バッタもん」でした。ライブで、ジミヘンやピート・タウンゼントのように、ギターを叩きつけて壊すというパフォーマンスを決行したことがあるのですが、キズこそついたものの、大破することはありませんでした。意味もなく頑丈なこのギターは、結局はその後何年も僕の手元で、ペラペラとブルージーな音色を奏でてくれました。(最後はギターを始めた後輩にプレゼントしました)

エレキギターを手に入れたら、次はアンプです。
今すぐにでも欲しいし、オーバードライブやディストーションなどのエフェクターをかまして、音を歪ませたいという願望も強くありました。
しかし、お小遣いの乏しい中学生のことで、レンタルレコードとカセットテープ代にそのすべてを費やしていた僕にとって、アンプは高嶺の花でした。
そこで、家にある古いナショナルのラジカセのマイクにモノラルのプラグを差し込んで音を出すという離れ業を考えつきました。出力の弱さやスピーカーの悪さから、いい感じでギターの音色が歪んでくれたのです。
高校になってグヤトーンのアンプを購入するまで、このラジカセの代用は自宅練習に大いに役立ちました。

すぐにでもEXOTICSの柴山和彦さんのマネがしたいけど、情報不足だったし、自力でコピーできる技量はありませんでした。ビデオデッキもなかったので研究もできなかったし・・・。
でも、曲に合わせてネックを前後に振り、両足でリズムをとる弾き方なんかは、早々にマスターしました。
野球選手の形態模写のギタリスト版といったところでしょうか、柴山さん以外にも、安田尚哉さんのギターの弾き方や、ストリッパーのときの西平彰さん、吉田建さんのベースの弾き方なんかもマネました。誰からも理解されませんでしたが。
肝心のギターは、ヤングギターという雑誌や、バンドスコアを見ながら主にマイケル・シェンカーやレインボーなどのハードロックを練習しました。小学生からクラッシックギター教室に通っているので、たいていの曲は難なく弾けたと思います。
ただ、そのクラッシックギター教室のほうがキツくなってきました。毎週、課題曲をこなしていくのが面倒になってきたのと、講師の先生に「最近キミのギターが荒れてきた」と叱られたのをきっかけに、辞めてしまいました。もうちょっと続けるべきだったと後悔しています。

「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」がリリースされた頃、念願のジュリーのバンドスコアが発売されました。
当時のバンドスコアっていうのはワリといい加減で、随所におかしいところもありましたが、それでも得意になってレコードに合わせて弾いていました。
また、その頃には耳コピーも少しはできるようになり、アルバムの曲もレパートリーになりました。EXOTICSの露出度も高くなっていましたし、テレビの「沢田研二ショー」でシングル以外の曲の演奏も見られたからです。

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2007年3月26日 (月)

エレキギター

「やっぱりエレキを手に入れなければ」と、立ち上がったのは中1の冬。
「学校の音楽祭でギターを担当することになった。だからどうしてもエレキがいる」
とエレキのくせにアコギな嘘で、母親から20,000円をくすねた僕。
お目当ては当時ギター雑誌で有名だったビバという楽器店オリジナルブランド、ハリーのエレキ。19,800円。
ウキウキと駅へ向かったのですが、途中で「キップを買えばお金が足りなくなる」ということに気づきました。

途方に暮れていると、同級生のK君とばったり会いました。
そこでちょっと立ち話をしていると、彼は近所のイズミヤ内のレコード店に、19,800円のギターが売っていたという情報を教えてくれました。
「まさか、二光のエレキやないやろな?」
二光のエレキとは、白い二本のラインが印象的なジャズマスタータイプの赤いギターで、「あのタカナカが、あのサンタナが君にも弾ける」というような宣伝文句で、もっと軟派な雑誌に広告が載っていた、アンプとチューニング笛と教材カセットがセットになった通販ギターでした。アフロヘアのおっさんが顔をしかめてギターを弾いている姿は、当時もっともダサいギタリストの見本のようなものでした。

僕の欲しいギターは、黒いストラトキャスターだったのですが、ギターに詳しくないK君にいくら聞いてもそれ以上の具体的な情報は得られませんでした。
それで、藁をもすがるような気持ちで、実物を見に行ったのです。
あった。しかも黒のストラトが天井から吊り下げられてある。しかも、ヘッドのロゴを見るとFenderと書いてあるではないか!
「レコード屋のおっちゃん、ギターの価値を知らんねんなぁ。フェンダーのストラトってホンモノなんやで。19,800円どころか、19万8千円くらいするねんで。でも、これはラッキーや、黙っとこ」と、はやる気持ちを押さえ、クールな口調で「あの天井に吊るしてあるギターください、そうです、あの黒いヤツ」とおっちゃんに言い、ためし弾きもせず、ソフトケースもないギターは裸のまま紙袋に包まれて、僕の手に入ったのです。

そして満面の得意顔で、家路についた僕。
Fenderのストラトという、プロが持つようなギターを、ギターの価値も分からない、そそっかしいオヤジから手に入れ、僕はこうしてロックミュージシャンのタマゴになったのです。おっちゃん、ありがとう。

あとはアンプを何とかしなければと思いながら、ギターをまじまじと眺め、抱きしめ、クロスでボディやネックの汚れを拭きました。Founderという綴りをフェンダーと読むんだと信じて・・・。(つづく)

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2007年3月23日 (金)

ジュリーとビートルズ

僕がビートルズを聴くようになったのは、ジュリーの影響であることは確かなんですが、
では、その影響について具体的に語るとき、「何を聴いて」と言われると、ぱっと浮かんできません。

音源として残されているものは、
「JULIE Ⅲ SAWADA KENJI RECITAL」のハロー・グッドバイ~ゲット・バックのメドレー、
テープのみ発売された「ロックン・ジュリー with タイガース」のヘイ・ジュード~レット・イット・ビー、
タイガース同窓会「A-LIVE」のひとりぼっちのあいつ、
それにライブ「愛まで待てない」のレイン、
同じく爛漫甲申演唱会のデイ・トリッパー(だけどこれはオーティス・レディングのバージョン)、
あと「JULIE Ⅴ日生リサイタル」のジャラス・ガイと平和を我等にはジョン・レノンのソロなので番外。
それから、ジョージのトリビュートアルバムのサムシング…。

僕がビートルズを聴くようになったのは小6の頃で、それまでに出た音源は「JULIE Ⅲ SAWADA KENJI RECITAL」ですが、これはまだ聴いていませんでしたし、「ロックン・ジュリー with タイガース」にいたっては耳にするどころか、テープそのものを持っていません。
???
いつ、どこで、何でビートルズなんだろう。
タイガースは同窓会コンサートの頃に、オン・ステージ、サウンズ・イン・コロシアム、フィナーレなどのライブ盤を聴きましたが、ほぼストーンズ、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、ビージーズのカバーで、レノン&マッカートニーのクレジットはありません。

ストーンズを聴くようになったのは、ジュリーの歌うタイム・イズ・オン・マイ・サイドや、アンダー・マイ・サムがむっちゃカッコよかったから、原曲が聴いてみたくなったと断言できます。
でも、小遣いやお年玉の大半がビートルズのレコード代に消えていった小6~中1の間に、何が僕をそうさせたのか、記憶がありません。何か雑誌の記事でジュリーがビートルズについて語っていたのを目にしたからでしょうか。もちろん、何か1曲でも聴けば全曲聴きたくなるのがビートルズなんですが。

現在、ジュリーがジョンのボーカルや楽曲をこよなく愛しているのはよく分かるし、ジュリーの昔のアルバムを聴けば、ギターの音色やソロの構成にビートルズが色濃く反映されているのもありますよね。またタイガースの面々が使っていた楽器も、ヘフナーのバイオリンベースやエピフオンのカジノなどビートルズの影響大だし、日本公演も観に行ってます。

そこで、ジュリーと同時進行で音楽を見聞きしてこられた先輩方にお聞きしたいのですが、、
当時のファンの多くは、ジュリーやタイガースとビートルズは、別次元の別物としてとらえていたのか、
それとも、ジュリーもビートルズも大好きという方が多かったのか、
そんな時代のことを教えていただけましたら幸いです。

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2007年3月16日 (金)

A SAINT IN THE NIGHT

昨日、澤会からのインフォメーションが届きました。
「A SAINT IN THE NIGHT」のライブが完全版DVDとなって発売されるということで、テンションが上がりました。

このアルバムが発売されたのは1991年12月、1984年のアマポーラからの流れを追求したもので、
フルオーケストラによる演奏と、ジュリーの妖しい歌声が、大人の気分にさせてくれました。
世紀の楽団、
カサブランカ、
昼下がりの情事、
ブレードランナー、
ジュリー・ロンドンの女はそれを我慢できない、
二人でお茶を、
ALL AMERICAN、
五つの銅貨
などのどこかで聴いたことがある映画音楽、またビリー・ホリデーやエラ・フィッツジェラルドの名曲たちと、メロウなジュリーの歌声、贅沢な作品ですよね。

ただ、この映画音楽とジュリーっていうのは、ほとんどのファンにとってサプライズではありませんでした。
ジュリーがソロシンガーになってからこの1991年までの間、
熟成されて甘く芳醇な香りを漂わせるまで寝かせられたビンテージのお酒のように、
お待ちかねの作品だったと思います。

DVDの発送は5月だそうですが、春の宵、少し上等のワインでもかたむけて、
ロマンチックなムードに浸りながら、楽しみたいと思います。

もうひとつ僕のテンションを上げたのは、ライブ「生きてたらシアワセ」の大阪が、僕の誕生日だということ。
何だかすばらしい1年が迎えられそうな、そんな気分になれそうです。

カサブランカ DVD カサブランカ

販売元:ファーストトレーディング
発売日:2006/12/14
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2007年3月12日 (月)

DVD「ワイルドボアの平和」

新着DVD「ワイルドボアの平和」観ました。
いいライブでした。素晴らしいです。

照明、衣装、それに選曲、すべてが美しく、
とくに中盤のバラードたちを歌うジュリーには神々しさを感じました。
中盤は柴山さんもメインギターのギブソンSG 61'からフェンダーのテレキャスターに持ち替え、
ソウルフルなギターワークを聴かせてくれたし、
(僕の愛用のギターもテレキャスなので、あの音色にはとても敏感なのです)
メインギターのSGの野太い音と、下山さんの枯れたストラトキャスターのコントラストが絶妙のバランスで、
新曲「明日」の1フレーズずつソロを回すところは、鳥肌が立ちました。
「everyday Joe」の下山さんのファイヤーバードもカッコ良かったです。
クールな下山さんと、ホットな柴山さん。
この名職人のお二人が奏でるコンビネーションは、ジュリー・サウンドには欠かせないものになったと思います。

何より柴山さんがガンガン前に出て、ステージを盛り上げる姿には感激です。
「VANITY FACTORY」のバッキング、
ディレイを効かせたインストのカッコよさ、
そして、アンコールの「いくつかの場面」を歌うジュリーに見惚れつつ、
ネックを揺すりながらビブラートする柴山さんのギターの音色に、胸が熱くなりました。

また編集の仕方やカメラワーク、今回のは、いろいろと手の込んだ作りになっていますね。
とくに「堕天使の羽音」で素晴らしいコーラスを聴かせてくれたGraceさんが、とても綺麗です。
ドラムも本当にパワフルで、もう一枚のDVDを観た後だけに、余計ズンズン響きました。
以前から大好きなドラマーですが、今回は完全にイカレてしまいました。

また泰輝さんのキーボードとジュリーが重なる映像がいい感じでした。
「VANITY FACTORY」のソロもカッコよかったです。

そして何より、思い入れたっぷりに歌うジュリー、
「手を抜いて…」などの軽口を言いながら、いつもいつも120%の音楽を聴かせてくれるジュリー、
本当にあなたのファンで良かったと感謝します。
来年のイベントが楽しみですね。

ロックバンドの何たるかを知りたいギタリストや、本物の歌を聴きたい人、
ジュリーのファンでなくても、ぜひ観て欲しいです。
得るものの多いDVDです。

ただ、残念なのはベーシストがいないこと。
何か理由があるのでしょうが、やっぱり寂しいです。

DVD ワイルドボアの平和 SHOGATSU CONCERT 2007

販売元:アート・ユニオン
発売日:2007/05/03
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年3月 9日 (金)

DVD到着

今朝、ワイルドボアの平和とワイルドワンズのDVDが届きました。
テンションの上がる週末。
僕の場合、ジュリーのライブDVDは当然のことですが、熱烈なファンとして鑑賞します。
歌やパフォーマンス、衣装、MCなど、片時も目が離せません。
なので、13作品のDVD化のときは、一度に観れませんでした。
力が入りすぎて、画面のジュリーと同じように、1枚観るのにとても疲れてしまうからです。
バラードなどでジュリーがアップになれば、無意識に僕のおでこや眉毛も動いてしまいます。
ノリのいい曲では自然と肩が揺れ、さすがに会場のように手拍子は入れないものの、身体がリズミカルになっていきます。
お菓子をつまみながら、とか寝転びながら、観ることはできません。
ただ、ノドも渇くのでたいていの場合、僕は安物のバーボンのロックを傍らに鑑賞するのですが、
お酒のすすむことといったら、氷の溶けるヒマもありません。
こうして、ジュリーの音楽とお酒に酔いしれ、DVDが終わる頃にはすっかり気持ちよくなって、
軽い疲労感と心地よい満足感を得て、眠ることができます。

2回目以降は、ギターをコピーしてバンドの一員になりながら観ることが多いです。
ギターソロや難しいフレーズのときには、「もっと柴山さんのアップを!」と思うのですが、
ギブソンSG 61'の音色を聞き分けることに関しては、かなり自信が持てるようになりました。
同じDVDでも再生のたびに毎回、新発見があったり、スライドの上手さに息を飲んだり、アレンジの変化に感心したりして、とても楽しいです。
また柴山さんのライブパフォーマンスにも見惚れたり、たとえばサーモスタットなんかで、画面のすみっこでこっそりとジュリーと一緒におしりを振っているのみたら、うれしくなってしまいます。

と、いうことで、
週明けには「ワイルドボアの平和」のレビューが発表できればいいなと思っています。

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2007年3月 2日 (金)

BAD TUNING

ROCKの何たるかを理解せず、流行にひたすら流され続けてきたいい大人が、今回はたまたま「チョイ悪オヤジ」ブームとやらのおかげで、服装だけ過激になっっていくというのは、あまりいい感じではありません。

ロッカーとカタギの人の区別がつきづらくなってきた昨今、何かモヤモヤしたものがココロに残るんですが、そんな気持ちを一気に吹き飛ばすロックアルバムについて語りたいと思います。

そう、BAD TUNING。
ジュリーの数々のアルバムの中で、STRIPPERと双璧をなすワルいアルバム。
「冗談じゃないぜ 俺はまだ眠い 朝日をあんなに元気よく昇らせた奴 名を名乗れ!」とムカついていらっしゃる。
「何しに生まれてきたって?危険が好きだからさ」と、強がっていらっしゃる。
せつない気持ちになりたくて、知らず知らずのうちに鍵の数が増えていくという罪な男、
「顔と財布」に飽きたので、ニッコリ笑って「ではお元気で」と出て行った女、
悪魔よけのアクセサリーよと小指の爪に黒バラを書き、「もしも今夜暇なら私と死んでみない」と男たちを迷わせて笑う女、
もう「チョイ悪」どころの騒ぎではないです。
そもそも「恋のバッドチューニング」をはじめてテレビで観たときは、度肝を抜かれました。
そういえば「春やすこ・けいこ」の漫才で、「胃潰瘍で入院したけど目の色まで病気やで」とかいうネタもありました。

1980年の7月にリリースされたこのアルバム、今まで何回聴いたことでしょう。
多感な10代の頃、僕の脳内に鳴り響いていたのは「どうして朝」の「したくないこと したくない」でした。
この曲に「ROCK」を感じ、まさにこれがロックの基本コンセプトであると知りました。ブルースの歌詞にも通じるものがあって、ブルースの歌い出しもI woke up this morning....と歌われるものが多く、Everyday I have the bluesなのです。
太陽が昇り朝が来て、太陽が沈み夜が来るという当たり前のことに反発し、また当たり前に学校に行って授業を受けなければならないことに「したくないこと したくない」と反抗してみるきっかけと、サボる決心と快感を与えてくれた曲です。
まぁ、その代償として親や先生たちにこっぴどく叱られるという代償も受けたのですが…。
でも、どういうわけか、現在の年齢になってもやっぱりこの「どうして朝」が頭に鳴り響いているのです。

しかしいろいろと考えてみると、ショーケンとか内田裕也さんは現在も「チョイ悪」どころか「不良親父」というイメージがありますが、今のジュリーには見事にそんな感じがなくなっていますね。
昔は三億円事件の犯人や、原爆を作った危ない先生の役が似合っていたし、実生活でもやんちゃして自宅謹慎だとか、いろいろと危険な匂いに包まれていたジュリーですが、すっかり渋い人になってしまいました。
プライベートではどんな音楽を聴いているのでしょう。今もストーンズやオーティスをガンガン聴いていてくれたら嬉しいなぁ。

BAD TUNING Music BAD TUNING

アーティスト:沢田研二
販売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2005/03/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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