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2007年1月25日 (木)

高校生のころの僕

僕が高校生だった80年代中盤というのは、ヘビメタがブームでした。
アマチュアギタリストは「早弾き」や「ライトハンド奏法」、ドラマーは「2バス」とスティックをクルクル回すこと夢中だったあの時期、僕も文化祭バンドで、ラウドネスやアースシェイカーなどのギターソロをマスターすることを競い合ったり、ドラムを叩いたり、リードボーカルで金切り声をあげたりしていました。
ただ、本心は「ジュリーのコピーバンド」を組みたいという野望があり、親しいバンド仲間には時々聴かせたりしていたのですが、当然のことながらヘビメタ好きの人たちからの反応はイマイチ。ジュリーのバンドスコアも2冊ほど持っていたのですが、誰も相手にしてくれませんでした。

そこで僕は発想の転換というか、「タイガースのコピーバンド」の結成を思いつきました。正確には「タイガースのレパートリーのコピー」バンドです。ストーンズC.C.Rのコピーバンドの中で、ジュリーをやればいいやと思ったのです。さっそく行きつけの楽器店に「メンバー募集」で下記のような張り紙をしてもらいました。

「ローリング・ストーンズなどのコピーバンド組みたし。当方ボーカル希望!」

間もなく、キースかぶれの社会人の方とその酒飲み仲間からの反響がありました。
高校生の若さでぴちぴちしていた僕にとっては、その方たちはすごく大人で、しかもちょっと不健康。場末のスナックや雀荘にもよく連れて行かれました。
そして、奇妙なバンドの練習が始まったのです。
僕が「ぜひこの曲がやりたい」と言ったのは、もちろん「Time Is On My Side」。あとは他のメンバーの希望で「Jumpin Jack Flash」と「Brown Sugar」の計3曲をとりあえず練習しようということになりました。
練習初日は「まぁ、こんなもんだろう」ということでしたが、その後数回スタジオに通っているうち、「キミの声は黒くない」という指摘を受けるようになりました。「もっとダーティーに歌え」ということになったのですが、とくに間奏の台詞の言い回しなど、完璧なカタカナ英語の僕に「ダーティーなイントネーション」など出せるはずもなく、可愛すぎる声のノドを潰すために、ウイスキーでうがいするという地道な努力(?)も続けましたが、無駄に終わりました。(今でも裏声でエーデルワイスが歌えるほどです)
そのうちキースさんの職場の後輩という人にボーカリストの座を奪われ、僕の「タイガースのコピーバンド結成」の夢ははかなく終わりました。せめて人前で1回くらいやりたかったです。
しかし、そのキースさんのお陰でブルースやソウルにもハマりましたし、今となっては僕の貴重な体験です。

僕のその後の高校生活は、ハードロックのコピーバンド、エコーズのコピーバンド、ロカビリーやオールディーズのコピーバンドを組み、ギターやボーカルをやりました。
今は社会人ブルースバンドや行きつけのバーのブルースセッションでギターを弾きながら、自宅ではジュリーのCDやライブDVDに合わせてギターを弾くことを楽しみにしています。

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