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2007年1月23日 (火)

中学生のころの僕

ジュリーのファンになって30数年、僕も立派な中年のおっさんになってしまいました。
小学生の頃には同級生にもジュリーファンがいて、それなりに話をしたり、ライバル心を燃やしたりとファン交流もあったのですが、そんな時期は束の間。ほとんどの時間はひとりでジュリーを応援してきました。他人の目を気にせずに「ジュリーマニア」っぷりを発揮できたのは、やはり10代の頃でした。今日から数回に渡って、そんな僕のトホホなジュリーファンっぷりについて語りたいと思います。

中学生の僕は(も)、ガサツで落ち着きのない子どもでした。大阪弁でいうところの「いちびり」です。
小学生以来、ジュリー熱は年々ヒートアップしており、マセてくる年代が「STRIPPER」ですから、そりゃぁ衝撃的です。「DIRTY WORK」や「ジャンジャンロック」気取って、毎朝「どうして朝」でした。「♪したくないことしたくない」をモットーにしていました。沢田研二作品集で「不良時代」を聴いたインパクト、校則(どころか法律)違反をたくさん経験する起爆剤になりました。
そういう「ツッパリ」の反面、「いちびり」な僕は相変わらずで、休み時間や掃除の時間は小学生の頃と同様にジュリーのモノマネに励み、友人たちから「長中のジュリー」という名誉ある異名も得ました。
飲みなれないコーヒーの味をおぼえたのも中学の頃。味の違いも分からないのに「クリープを入れないコーヒーなんて」と分かりきったような口調で威張っていました。シャンプーとリンスは「YOU CAN」を使い、大人になったらネクタイをゆるめて「ブルーバード」に乗ることが夢だった僕は「greenboy」ならぬ「julieboy」でした。

同級生の女の子たちには、雑誌のジュリーの切抜きをねだり、授業中は下敷きにはさんだそれらを眺める毎日。生徒手帳にジュリーの歌詞を書き込み、カバンには紫のペイントマーカーで「Julie」って、「夢見る少女か!」とツッコミを入れたくなるほどのジュリー三昧。正確には「Julie&Exotics」と、筆記体の上手い友だちに書いてもらったんですが。

映画「魔界転生」のジュリーが怪しすぎてカッコよすぎて、映画館では霧丸との例のシーンでなぜか大量に鼻血を出した僕。入れ替えのない映画館だったので3回観ました。映画を観た後の数日、僕の口癖は「エロエム・エッサイム」。登下校の途中の、元気に生きている犬にまで「魔界への誘い」をする始末。

オキシドールで部分的に髪の毛を脱色したり、直毛の毛が横に流れるように「丹頂」のチックで固めたり、いかにカッコよく○○○が吸えるかという研究に励み(「ロイヤルストレートフラッシュ」の歌詞カードが見本でした)、ペンダントやピアスに異様なくらい興味を持ち、挙句に仲の良かった女の子に「オレにジュリーのようなメイクをしてくれ」とせがんで「イヤァァァ…!」と退かれた悲しい思い出もあります。
ただ、当時はジュリー以外にもキヨシローやYMO、懐かしいところで本田恭章など、男性のメイクも音楽業界では市民権を得ていたので、なぜこんなに「イヤァァァ…!」なのか遺憾に思っていたのですが、よくよく考えると学生服を着て「♪あれもタブー~」っていうのは、変ですよね。まったくアホな中学生でした。例によって掃除の時間にチュルチュルと「おまえにチェックイン」を歌っている僕に「アホみたい」と言ってのけた先生、お見事です。

ところで当時のクリープのCMで、パジャマ姿のジュリーが言っていた「高いところの演説と・・・エラーのない草野球」、全部覚えている方はいらっしゃいますか?

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