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2007年1月の記事

2007年1月30日 (火)

ロイヤル・ストレート・フラッシュ

AmazonでジュリーのCDを見ていたら、

ロイヤル・ストレート・フラッシュ(紙ジャケット仕様) [Limited Edition]

ロイヤル・ストレート・フラッシュ2(紙ジャケット仕様) [Limited Edition]

ロイヤル・ストレート・フラッシュ3(紙ジャケット仕様) [Limited Edition]

というのを見かけました。「発売予定日は2007/03/07です。ただいま予約受付中です」との事です。この間、この3枚はデジタル・リマスターで復刻されたはず。音質の良さに感激しました。

それで今度は紙ジャケ仕様の発売みたいですね。ただ、繰り返しちょっとずつの再販なら、購買意欲が高まるように、佐野元春さんのそれのようなファン垂涎の特典が欲しいところです。

かつてお小遣いを貯めたお金で買った音質の悪いシングル盤やLPは貴重な「宝物」でした。何度も何度も繰り返し聴いた珠玉の音源たちも、大人買いで3枚一挙に「音がいいね」とサラっと聞き流すだけではあまりにも寂しいと思います。

できるならB面の曲や別テイクなどの特典をつけて欲しいと思うのは僕だけでないはず。B面の曲たちは以前そればかりのCDが発売されましたが、その編集には不満だらけなのです。アルバムに収録されている曲はB面コレクションには入っていないのですが、アレンジや演奏が違うのです。(アルバム「STRIPPER」に入っている「バイバイジェラシー」とEP盤「渚のラブレター」のB面が違うように)

ライブアルバムやオークションでやたらと高値で取引されている海外版のシングルカセットのみ発売されたものなど、僕たちファンが望んでいるCD化されていない音源は多いです。「晴れのちBLUE BOY」の12インチ、「勝手にしやがれ」の英語版などなど、特典音源になりうるものはたくさんあると思うのですが・・・。

あるいは、「怪傑ジュリーの冒険」にも個人的には不満があるので、その他のテレビ番組出演時の映像などを収めたDVDや当時のライブ映像がつくという特典があれば、それなりの値段がしても惜しくないと思うのは僕だけでしょうか。

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2007年1月27日 (土)

大人になってからの僕

大人になってからは、親しい友人たちと飲んで、酔っ払ってハメを外すとき以外は「いちびる」こともなくなりました。
職業柄、あまり「ロックやってます」っていう服装や髪型をすることもなくなったし、いたって普通の社会人になってしまいました。
子どもの頃、大人になって恋人ができたらワインをふりかけたり、シャレでシャンパンを奢ってあげたりする機会があるものだと、またホテルのロビーで美しい女性と出逢ったり、年上の女性と禁断の恋に堕ちるものだと思っていたら、現実には全然そんなことはありませんでした。
せいぜい壁際に寝返りをうったりするくらい。

アルコールの話をすると、僕も酒豪のひとりですが、ワインだけはあまり美味しく感じません。ソムリエに相談していろいろと飲ませてもらったこともあるのですが、最終的に出された白ワインもダメで「日本酒を飲んでください」とのことでした。そもそも果実酒が全般にダメで、ブランデーも苦手だし、フルーティーな各種チューハイも美味しく感じないのです。好きなのは日本酒、焼酎、泡盛、ビール。洋酒はバーボンが一番好きで、次いでウイスキー。ジンやウォッカ、テキーラ、ラム酒もカクテルではなく、すべてロックで飲みます。
ビールはエビスが一番好きですが、高いので普段はキリン派です。ジュリーびいきですから「一番絞り」、「ラガー」のCMに出演してくれたときは助かりました。

車は、免許取立ての18歳の頃は確かにブルーバードにも、その後クレスタにも乗りましたが、それらはすべて親父の車です。そもそも車にはあまり興味がなく、洗車などの手入れも苦手なもので、今はとくに車種にはこだわっていません。ステーションワゴンで夜の荒野を駆け抜けたこともないし、ドラマを演じるためにアクセルを踏み込んだこともありません。

話は変わって、僕はネクタイを長時間きっちりと絞めておくことができません。結び目に人差し指を突っ込む動作が本当に癖になっています。これこそがあのお方の影響なのですが、僕の場合はだらしないだけで、サマにはなっていません。

股上の深いズボンを好むのもきっとあのお方の影響です。昔はジュリーもぴちぴちのジーパンを穿いていたし、HELLOのときでさえヘソを出してはおられましたが、フォーマル系の衣装のときの股上の深さに、僕もすっかり慣れてしまいました。でも、最近の市販されているパンツのデザインは股上の浅いものばかりで困っています。

カラオケに行くと、僕はモノマネが得意でたくさんレパートリーはあるのですが、モノマネをせず普通に無意識に歌えば、それが80年代のジュリーっぽくなってしまいます。そんなに声が似ているわけでもないし、今さら振り付けまでして歌いもしませんが、そもそも小・中学生~高校生と物心ついたときからジュリーになりきって歌っていたので、発声の仕方、表情など、自然とそうなってしまうのかもしれません。(ここ数年のジュリーの歌い方をマネをするのは難しいですが)
最近気づいたのですが、ジュリーのDVDやビデオを観ていると、僕も無意識に同じような表情を作ってしまう癖があるようなんですが、皆さんはどうですか?

でも本当に僕が一番憧れ、真似をしなければならないと思うのは、あの歳の取り方と、カッコよく奔放で自信のある姿。僕があの年齢になったとき、ジュリーのように飄々としていられるだろうか、好きなことだけを、いぶし銀のカッコよさで続けていけるだろうかということです。う~む、これは大変だ。などと思う今日この頃です。

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2007年1月25日 (木)

高校生のころの僕

僕が高校生だった80年代中盤というのは、ヘビメタがブームでした。
アマチュアギタリストは「早弾き」や「ライトハンド奏法」、ドラマーは「2バス」とスティックをクルクル回すこと夢中だったあの時期、僕も文化祭バンドで、ラウドネスやアースシェイカーなどのギターソロをマスターすることを競い合ったり、ドラムを叩いたり、リードボーカルで金切り声をあげたりしていました。
ただ、本心は「ジュリーのコピーバンド」を組みたいという野望があり、親しいバンド仲間には時々聴かせたりしていたのですが、当然のことながらヘビメタ好きの人たちからの反応はイマイチ。ジュリーのバンドスコアも2冊ほど持っていたのですが、誰も相手にしてくれませんでした。

そこで僕は発想の転換というか、「タイガースのコピーバンド」の結成を思いつきました。正確には「タイガースのレパートリーのコピー」バンドです。ストーンズC.C.Rのコピーバンドの中で、ジュリーをやればいいやと思ったのです。さっそく行きつけの楽器店に「メンバー募集」で下記のような張り紙をしてもらいました。

「ローリング・ストーンズなどのコピーバンド組みたし。当方ボーカル希望!」

間もなく、キースかぶれの社会人の方とその酒飲み仲間からの反響がありました。
高校生の若さでぴちぴちしていた僕にとっては、その方たちはすごく大人で、しかもちょっと不健康。場末のスナックや雀荘にもよく連れて行かれました。
そして、奇妙なバンドの練習が始まったのです。
僕が「ぜひこの曲がやりたい」と言ったのは、もちろん「Time Is On My Side」。あとは他のメンバーの希望で「Jumpin Jack Flash」と「Brown Sugar」の計3曲をとりあえず練習しようということになりました。
練習初日は「まぁ、こんなもんだろう」ということでしたが、その後数回スタジオに通っているうち、「キミの声は黒くない」という指摘を受けるようになりました。「もっとダーティーに歌え」ということになったのですが、とくに間奏の台詞の言い回しなど、完璧なカタカナ英語の僕に「ダーティーなイントネーション」など出せるはずもなく、可愛すぎる声のノドを潰すために、ウイスキーでうがいするという地道な努力(?)も続けましたが、無駄に終わりました。(今でも裏声でエーデルワイスが歌えるほどです)
そのうちキースさんの職場の後輩という人にボーカリストの座を奪われ、僕の「タイガースのコピーバンド結成」の夢ははかなく終わりました。せめて人前で1回くらいやりたかったです。
しかし、そのキースさんのお陰でブルースやソウルにもハマりましたし、今となっては僕の貴重な体験です。

僕のその後の高校生活は、ハードロックのコピーバンド、エコーズのコピーバンド、ロカビリーやオールディーズのコピーバンドを組み、ギターやボーカルをやりました。
今は社会人ブルースバンドや行きつけのバーのブルースセッションでギターを弾きながら、自宅ではジュリーのCDやライブDVDに合わせてギターを弾くことを楽しみにしています。

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2007年1月23日 (火)

中学生のころの僕

ジュリーのファンになって30数年、僕も立派な中年のおっさんになってしまいました。
小学生の頃には同級生にもジュリーファンがいて、それなりに話をしたり、ライバル心を燃やしたりとファン交流もあったのですが、そんな時期は束の間。ほとんどの時間はひとりでジュリーを応援してきました。他人の目を気にせずに「ジュリーマニア」っぷりを発揮できたのは、やはり10代の頃でした。今日から数回に渡って、そんな僕のトホホなジュリーファンっぷりについて語りたいと思います。

中学生の僕は(も)、ガサツで落ち着きのない子どもでした。大阪弁でいうところの「いちびり」です。
小学生以来、ジュリー熱は年々ヒートアップしており、マセてくる年代が「STRIPPER」ですから、そりゃぁ衝撃的です。「DIRTY WORK」や「ジャンジャンロック」気取って、毎朝「どうして朝」でした。「♪したくないことしたくない」をモットーにしていました。沢田研二作品集で「不良時代」を聴いたインパクト、校則(どころか法律)違反をたくさん経験する起爆剤になりました。
そういう「ツッパリ」の反面、「いちびり」な僕は相変わらずで、休み時間や掃除の時間は小学生の頃と同様にジュリーのモノマネに励み、友人たちから「長中のジュリー」という名誉ある異名も得ました。
飲みなれないコーヒーの味をおぼえたのも中学の頃。味の違いも分からないのに「クリープを入れないコーヒーなんて」と分かりきったような口調で威張っていました。シャンプーとリンスは「YOU CAN」を使い、大人になったらネクタイをゆるめて「ブルーバード」に乗ることが夢だった僕は「greenboy」ならぬ「julieboy」でした。

同級生の女の子たちには、雑誌のジュリーの切抜きをねだり、授業中は下敷きにはさんだそれらを眺める毎日。生徒手帳にジュリーの歌詞を書き込み、カバンには紫のペイントマーカーで「Julie」って、「夢見る少女か!」とツッコミを入れたくなるほどのジュリー三昧。正確には「Julie&Exotics」と、筆記体の上手い友だちに書いてもらったんですが。

映画「魔界転生」のジュリーが怪しすぎてカッコよすぎて、映画館では霧丸との例のシーンでなぜか大量に鼻血を出した僕。入れ替えのない映画館だったので3回観ました。映画を観た後の数日、僕の口癖は「エロエム・エッサイム」。登下校の途中の、元気に生きている犬にまで「魔界への誘い」をする始末。

オキシドールで部分的に髪の毛を脱色したり、直毛の毛が横に流れるように「丹頂」のチックで固めたり、いかにカッコよく○○○が吸えるかという研究に励み(「ロイヤルストレートフラッシュ」の歌詞カードが見本でした)、ペンダントやピアスに異様なくらい興味を持ち、挙句に仲の良かった女の子に「オレにジュリーのようなメイクをしてくれ」とせがんで「イヤァァァ…!」と退かれた悲しい思い出もあります。
ただ、当時はジュリー以外にもキヨシローやYMO、懐かしいところで本田恭章など、男性のメイクも音楽業界では市民権を得ていたので、なぜこんなに「イヤァァァ…!」なのか遺憾に思っていたのですが、よくよく考えると学生服を着て「♪あれもタブー~」っていうのは、変ですよね。まったくアホな中学生でした。例によって掃除の時間にチュルチュルと「おまえにチェックイン」を歌っている僕に「アホみたい」と言ってのけた先生、お見事です。

ところで当時のクリープのCMで、パジャマ姿のジュリーが言っていた「高いところの演説と・・・エラーのない草野球」、全部覚えている方はいらっしゃいますか?

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2007年1月15日 (月)

公園へ行こう

以前、NHK総合テレビ「スタジオパークからこんにちは」のオープニングに流れていた曲「公園へ行こう」。
「時計~夏が行く」や「遠い夏」などと並ぶ、ジュリーのノスタルジック・ワールドの曲です。2001年の「21世紀初 三大都市公演」のアンコールでのみ演奏されましたが、CD化されていません。またライブのときと、スタジオパーク~のときではアレンジも歌詞の構成も違うようです。
僕は去年から、個人で楽しむためなんですが、ギターの弾き語りのために、ジュリーの楽曲のすべてをコード起こしをするという一大作業を続けておりまして、歌詞をワードで打って、プリントアウトして、コードを書き込む日々を送っているのですが、この「公園へ行こう」でつまづいてしまいました。
DVD「21世紀初 三大都市公演」バージョンの歌詞の一部がどうしても聴き取りにくいのです。外耳炎になってしまうまで耳掃除をして、何度も歌詞を聴き取っているのですが、妙なツボにハマってしまい、自信がなくなりました。

問題の歌詞は1番の、

♪こんな天気だから 出かけよう公園へ (Hi!)
  元気出して行こう 運動靴でさ
 晴れた日は 青空に wow wow wow 歌うよ

 楽しいことばかりじゃない 急ぎ足の毎日
 誰か誘い抜け出そうよ ○○○○午後のひとときへ

 Bon bon bon 時計なんか 忘れてしまえばいい (そう)
  Bon bon bon ぼんやりして 少し深呼吸
 軽くなる 気持ちいいよ
 微笑んで すべてが笑ってる♪

○○○○の部分なんですが、たぶん「まぶしい」と歌っているように思うのですが、自信がなくて、
DVDをお持ちの方にお願いなんですが、そこの部分、一度聴いてみて、何と歌っているか教えていただけませんか。

また、間奏の柴山さんと下山さんのギターソロもしっかり聴き取って、コピーしたいと思っています。

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2007年1月10日 (水)

THE VANITY FACTORY

「♪オフィスの窓にもたれて ブラインドを少しずらして 水曜日の夕暮れを 静かに吸いこむのさ~」。
ご存知、1980年12月リリースのアルバム「G.S.I LOVE YOU」に収録されている「THE VANITY FACTORY」です。作詞・作曲は佐野元春。「♪部屋の中ではルームエアコン 悲しげな音をたてて 遠くのどこかで 車のクラクション ブルー・トゥワイライト~」情景が目に浮かんでくる歌詞です。
同じく「G.S.I LOVE YOU」収録の「彼女はデリケート」、「I'M IN BLUE」も佐野さんの曲で、佐野さんのバージョンも聴けます。「彼女はデリケート」は1982年3月リリースの「NIAGARA TRIANGLE VOL.2」とシングル曲としてリリースされました。
また、今回の「ワイルドボアの平和」でも演奏された「I'M IN BLUE」と「THE VANITY FACTORY」は1982年5月リリースの「SOMEDAY」に収録されています。
佐野さんバージョンでは「Vanity Vanity・・・」とコーラスでジュリーも参加。
サビのコーラスでやたらと高いキーで歌うジュリーの声、ジュリーが他のミュージシャンのコーラスなんて滅多にないし、控えめで分かりにくいことの方が多いですが、コレは違います。
一方、ジュリー・バージョンは「アンダー・マイ・サム」を彷彿させるアレンジで、グッド・オールディーズの空気が漂っていますね。このアルバムにはストーンズ、バディ・ホリー、エルビス、リバプールサウンドなど、若き日のジュリーの「ヒーロー達への憧れと敬意」に溢れたアルバムだと思います。そして、そんな魔法をかけた伊藤銀次のアレンジ、お見事です。「G.S.I LOVE YOU」は、僕がそんな風にアレンジとかバックの演奏とかを意識してジュリーを聴くようになったきっかけのアルバムなんですが、そのこだわりの根拠というか、分かりやすいネタがありますので、今日はそれをご紹介します。

僕の持っている「月刊ミュージック・ステディSPECIAL24号 昭和60年3月号」では、「佐野元春徹底研究」という特集が組まれていて、反響の高かった佐野さんのインタビューを再掲載するという内容のものですが、ジュリーについての記事があります。

1981年~1982年 「Heart beat」より
 僕にディレクターが「他の人に楽曲提供するとしたら、どんな人がいい?」って言って、僕は「沢田研二さんに歌って貰えればいいな」って言ったのが、或る日実現して。そしてジュリーのディレクターの方から、作詞・作曲で曲を書いてくれないか、と…。
 沢田研二さんは自分とはフィールドの違う人だから、上手くいかないんじゃないか、というような不安があったんだけれども、その不安は銀次のアレンジで解消されちゃったんだ。完全にロックン・ロールのバンド・サウンドになっているでしょ。ミキシングも吉野金次さんがやってたしすごく楽しかった。

またディスコグラフィーでは佐野さん自身の曲についてのコメントが記載されていますので、ご紹介しましょう。

I'm in blue」これはジュリーに書いた曲で、「G.S.I Love You」に収められている曲です。で、銀次のアレンジした「I'm in blue」ってのは、僕のと聞き比べてみて、本当に60年代って感じがする。いわゆるリバプールの匂いがプンプンする。ボビー・ビーの「星影のバラード」と、レオ・セイヤーの「星影のバラード」と全く同じ感覚が。だから、その聞き比べをした時に、その間は1年ぐらいしかないわけなんだけども、ナーンダ、僕達、やっぱりいろんなもの知ってるんだなって如実に感じたわけです。だから、カバーということにすごく興味が出てきた曲。

Vanity Factory」ブルーアイド・ソウルというか、そのことはベース・ラインに如実に現われてるんだけど、昔のブルーアイドと違うところは、ベース・ラインは昔のままなんだけど、タイコのバス・ドラが4つ打ちにして、モダンなスピードを出そうと思った曲です。

Bye Bye Handy Love」ジュリーに書いた曲で、ジュリーのアレンジは銀次なんだよね。フィフティーズのロカビリーみたいなんだ。で、僕の方はサックスを入れて、ロカビリーからR&Bっぽい感じでやったんだ。それで、これは、うちのバンドでA面、B面やった初めての作品。このシングルにはハートランドの血と汗と涙が凝縮されている。

静かに降りてくる1月の夜に、「THE VANITY FACTORY」の聞き比べなどいかがでしょうか。

G.S.I LOVE YOU Music G.S.I LOVE YOU

アーティスト:沢田研二
販売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2005/03/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する

SOMEDAY Music SOMEDAY

アーティスト:佐野元春
販売元:ERJ
発売日:1992/08/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年1月 6日 (土)

夢のはなし

今年の初夢は…僕は縁起でもないしょーもないトラブルに巻き込まれる夢を見て、翌朝はとてもユ・ウ・ウ・ツになりました。僕の見る夢はいい歳していつも大人気がなく、幼稚な内容なので、人にお聞かせするのは少し恥ずかしいのですが、今回は夢の話を・・・。

ジュリーのファンになって30数年、ジュリーが夢に出てくることも多々あります。
でも毎回、僕は夢の中でジュリーに怒られているんです。
ライブでギターを弾かせてもらえることになったのに、頭が真っ白で動けなくなって怒られたり(←これが一番多い夢です)、車で追突してしまった相手がジュリーだったり、お酒の席にご同伴して、はしゃぎすぎて怒鳴られたり、昨夜の夢は「くだらんことを書くな!」とこのブログのことでお叱りと説教を受けました。(なぜか隣では何の脈略もなく榎木孝明さんがフルートを吹いていました。昨日のテレビのせいでしょうが、何でまた・・・?) いずれの夢も、「お叱りはごもっとも」という感じで、返す言葉すらなく、ほぼ毎回、目が覚めてホッとしています。

ジュリーは僕の一番のヒーローで、ときにはジュリーを心の師と仰ぎ、またミーハー的な見方もし、最近はちょっといたわりの気持ちも湧いていて、健康を祈っています。そう、こんなにジュリー三昧の僕なのに、夢に出てくるジュリーはやたらと怖い。
何かのお芝居や映画で、怖い顔で怒っているジュリーはお目にかかりませんよね。
ライブで怒っているジュリーを見たことはあるのですが、僕の夢に出てくるジュリーの怖さは、もっと恐ろしいのです。いつもむっちゃ怒っています。

皆さんの夢に出てくるジュリーってどんな様子ですか?僕にはユング、フロイト的な分析はできないけど、ひょっとしたら僕と同様にほぼ毎回怒られている人がいたりして・・・。

2007年正月コンサート「ワイルドボアの平和」のご盛況をお祈りいたします。

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2007年1月 4日 (木)

紅白歌合戦

新年おめでとうございます。
皆さんはお正月、ゆっくり過ごせましたか?
僕はずっと家でのんびりとお酒を楽しんでいました。本日から仕事スタートです。

紅白歌合戦、今回は何かひどいことがあったらしいですね。
僕はジュリーが出ない紅白は見ないので、今回の顛末もあまり詳しく知らないのですが、大晦日に苦情の電話が殺到っていうのは、尋常じゃないですね。何せ天下の「紅白歌合戦」への抗議ですから。受信料を払っている視聴者に不愉快な思いをさせるっていうのは良くないと思います。いわばスポンサーを怒らしたんですから、ムカっときた方は誠意ある対応を求める権利があります。で、NHKにはそんなクレームを真摯に受け止め、活かして欲しいけど、それは難しいのかな。

かつて紅白歌合戦には、ジュリーは17回出演しているんですね。
紅白歌合戦合戦というコトバに過剰に反応して、
ジュリーと対戦した赤組の歌手って、どんな人だろうと調べてみました。
相手にとって不足はない歌手、役不足の歌手、それは皆さんのご判断にお任せします。

1972年 許されない愛 vs ちあきなおみ/喝采
1973年 危険なふたり vs 欧陽菲菲/恋の十字路
1974年 追憶 vs 由紀さおり/挽歌
1975年 時の過ぎゆくままに vs 梓みちよ/リリー・マルレーン
1977年 勝手にしやがれ vs 小柳ルミ子/星の砂
1978年 LOVE(抱きしめたい) vs 山口百恵/プレイバック Part2
1979年 カサブランカ・ダンディ vs 山口百恵/しなやかに歌って
1980年 TOKIO vs 岩崎宏美/摩天楼
1981年 ス・ト・リ・ッ・パ・ー vs ロス・インディオス&シルヴィア/うそよ今夜も
1982年 6番目のユ・ウ・ウ・ツ vs 桜田淳子/セーラー服と機関銃
1983年 晴れのちBLUE BOY vs 小柳ルミ子/お久しぶりね
1984年 AMAPOLA(アマポーラ) vs 高橋真梨子/桃色吐息
1985年 灰とダイヤモンド vs 原田知世/早春物語
1986年 女神 vs 中森明菜/DESIRE(ディザイア)
1987年 チャンス vs 金子由香利/おお我が人生
1989年 DOWN vs 小比類巻かほる/いい子を抱いて眠りなよ 
 (ザ・タイガース/ヒット・メドレー vs ペギー葉山/南国土佐を後にして)
1994年 HELLO vs 藤あや子/花のワルツ

僕の記憶に強く残っているのは、1983年の「晴れのちBLUE BOY」と1984年の「AMAPOLA」、そしてトリを務めた1978年の「LOVE(抱きしめたい)」です。カッコ良すぎます。今後も紅白歌合戦でこんなに感動することはないだろうと思います。晴れのち~のパフォーマンスはファンとして誇らしかった。テレビの前でザマーミロ!と叫びたくなりました。「背中まで45分」の影響か、かつてのように大ヒットとはいかなかったこの曲ですが、「大晦日の度肝」を抜きました。年越しそばなんか食べている場合じゃないと興奮した中3の僕。あの衝撃は一生忘れません。そして翌年の「AMAPOLA」ときたら、当時のジュリー美学の真骨頂です。響く銃声、びっくりするくらいの血、(田原俊彦の足を滑らすほどの)。映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の主題歌でしたよね。それから「LOVE(抱きしめたい)」は後になってジュリーin紅白という番組であらためて観たのですが、ファン冥利につきる誇らしさ。アナウンサーによる紹介も、「追憶」のときの「ミニスカートがどーたらこーたら」というくだらない内容ではなく、「ジュリーの歌に抱かれてください」というような、今までの紅白になかった異色のトリでした。沢田研二で締めくくる年、うーん、1978年に乾杯!

もしも、2006年にジュリーが出演していたら、何を歌ったでしょう。
やっぱり2006年シングルの「俺たち最高」かな~。
対する赤組の歌手は…などと妄想の中で盛り上がってしまいました。

今年もよろしくお願いいたします。

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