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2006年12月 1日 (金)

つづくシアワセ

2002年のアルバム「忘却の天才」のラストを飾る「つづくシアワセ」。ネスカフェのCMソングでもありましたが、このキャンペーンCDのタイトルは「シアワセ」とカタカナではなく「つづく幸せ」です。
そして、アレンジのみならず、歌詞が違うことを皆さんご存知でしょうか?アレンジではストリングスと「♪ネスカフェ~」というコーラスの違いがよく分かりますが、歌詞も「~一連托生♪」のところ、また「~馬鹿な真面目は♪」のところなど、違う歌詞です。
かつて、ブルーバードのCMソング「I am I(俺は俺)」も、「~そうさ♪」と「~ブルーバード♪」という違いがありましたが、この「つづくシアワセ」は作詞がジュリー。ネスカフェ用にレコーディングしたあと、「忘却の天才」のレコーディング時にアレンジをソリッドにしただけでなく、歌詞も変えたのでしょう。
その歌詞の違いを考えてみます。

青春ど真中 極論 極論さ」が、「一蓮托生 極楽 極楽さ」。青春といえば過去を想像しますが、一蓮托生というコトバにすることによって、「ひとり」ではなく、良き伴侶と一緒に謎を共感やら共有していますという感じかなぁ。
生真面目すぎたら傍目にも悲しい 楽しみは楽しみで楽しく遊ぼう 子供みたいでいいさ」が「馬鹿な真面目は傍目にも悲しい 楽しみは楽しみで楽しく遊ぼう ガキに戻ればいいさ」。
生真面目という「キマジメ」なコトバよりも、「馬鹿な真面目」としたり「子供みたいでいいさ」を「ガキに戻ればいいさ」とすることで、十代のセンチメンタルな感情や、ハメをはずす様子を歌ったのかな。小さなお子ちゃまではなく、ちょっと年頃、前段で修正したいわゆる青春ど真中のココロを歌ったものだと思います。
いや~、沢田研二の詩は深いですね。

僕も十代から二十代の頃、プロを目指してオリジナル曲をたくさん作ったのですが、作詞はとても苦手なんです。この歳になって、かつての自分の詩を読むと、恥ずかしくて耐えられないものや、矛盾していたり、意味不明だったりと、つくづく現在、自分がプロのミュージシャンをやっていないことに納得します。今も残るたくさんの歌詞ノートや、デモテープ、これほど世の中の役に立っていないものはありません。でも歳を重ねるにつれて、何となく「いいなー」と思うシチュエーションやロケーションに出合うことも増え、いつかは俳句や短歌のようなものに挑戦したいと思う今日この頃です。

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